薬友会の将来構想とお願い

1.薬学の時代とそれを担う人材
 グローバルな現代社会には様々な病気が存在し、新たに見出され、あるいは再興し、多くの人々がそのために苦しんでいます。医薬品はこれまでも、これからもこれらの病気に対処するための大切なツールです。医薬品産業は国内だけでも現在8兆円規模であり、知識集約型の重要産業として認識され、輸出産業としても今後の発展が期待されています。閣議決定された新成長戦略にもライフイノベーションの中核として革新的新薬創製が謳われています。私たち薬学研究院に課せられた責務は、新しい有益な医薬品シードを創製し、創製技術を開発し、あるいはまた育薬技術を開発すること、そしてその産業で活躍する人材や高度専門化する医療現場で職能を発揮する薬剤師を育てる事です。また、化粧品、食品添加物、健康食品、あるいは環境汚染物質などの生活関連物質に含まれる化学物質について私たちはより良く知り、それらをうまく活用したり、健康被害を未然に防いだりすることが非常に大切になっています。このような状況に対応できる人材、更にレギュラトリーサイエンスを実践する行政組織で活躍する人材、こういう方々を育てることも私たちに期待されています。このように、現代社会が必要とする医薬品・化学物質にかかわる技術、製品、人材すべてに私たちの薬学が生かされる状況を見つめると、いまこそ、「薬学の時代」であり、その時代を担う人材を私たちは4年制の創薬科学科と6年制の臨床薬学科で育てています。

2.九大薬友会の皆様へのお願い
 私たちに課せられた社会的責務は大きくなるばかりで、それに応えるための教育・研究業務も増大し、一方で人件費も研究費も年々削減され、薬学部の経営は更に困難となってきました。しかも度重なる評価への対応で疲弊してきております。さらに、世界的な経済の不安から雇用は確実に落ちてきており、現在の修士の就職状況はかなり厳しいです。特に、創薬科学科出身の修士1年生は、薬剤師免許もなく、就職できない場合にはまさに路頭に迷うことになります。
 そこで、先輩諸氏にお願いがございます。九大薬友会を、単なる思い出を語る会から、学生にとっても、卒業生にとっても、そしてご年配の方にも有益な会にしたいと切望します。学生に対しては、強力な就職戦線のサポーターとして、あらゆるチャネルを通じて九大薬学学生の就職を有利に導いていただきたいと思います。特に、企業や研究所において影響力の大なる地位にある方のご協力が是非とも必要です。卒業生にとっては、社会人として困難にぶつかった場合の良き相談相手になっていただきたいと思います。また、ご年配の方に取りましては、これまでの人生経験を後進に活かす事ができる場となっていただきたい。その総合型が近い将来の九大薬友会です。どのようにすればそうなるのか、ネットワークをどのように作るべきか、課題は多いですが皆様の英知を結集させていただきたいと思います。

3.九大薬友会の皆様、特に福岡支部の皆様へのお願い
 ところで、ご近所の薬剤師の先輩諸氏へお願いがあります。現在、6年制の臨床薬学科では、実務実習に望む前に、CBTやOSCEなどといった課題が学生に課せられ、それをクリアしなければ進学できません。OSCEは模擬薬局で学生が調剤等をする技術を確認する評価システムですが、なんとその評価を薬剤業務をしたことがない教員、例えば化学合成しか経験がない教授なども動員されて、評価作業を行っています。薬学全体で共通体験を積むのがいいのだという説明ですが、一度行えば十分で、ここはやはり、薬剤業務を実際に経験された、あるいは実践されている皆様に評価指導を受けるのがベストと思います。特に、本学近隣にお住まいの薬友会福岡支部の皆様には、今後、ご協力をお願いする機会が必ず出て来ると思います。皆様のご協力が得られれば、よりよいOSCEが実施できますし、多くの教員は研究と教育にもっと時間を注ぐことができます。その節には何卒ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
私たちは、こういう小さな節約した時間を拾い集めなければならないほど、研究時間は削られ、研究費獲得のチャンスも小さくなっています。教育は数値化しにくいですが、研究は論文数と研究費獲得額で客観的に評価されやすいことから、研究費をどれだけ取るかが、つまるところ世間の、そして文部科学省の私たちへの評価となってしまっております。この現実は、実におかしいですが、厳然としたリアルです。現在のシステムでは若い教員は実に気の毒です。本学にとどまらず全国的に学生の質の低下が一段と深刻になり、その一因に「ゆとり教育」があげられておりますが、もっと大きな問題をはらんでいると思われます。その抜本的な改善には国家をあげて取り組まねばなりませんが、それをになうべき政党も官僚組織もその実現には対応できておりません。しかし、そういう学生の対応を私たちはしなければなりません。特に、現場で学生を直接指導しなければならない若手の教員には大きな負担となり、その上、様々な雑用が降り注ぎ、結果として研究時間はどんどん削られ、細切れとなり、集中して論文を書く時間を作り難くなっております。論文を書けなければ、研究費の申請・獲得はおぼつきません。
私は、「無理なく無駄を省く」さまざまな事を実践して、少しでも研究環境の改善を試みているところです。その一環に皆様のご協力をいただけますよう、なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。

4.最後に
 お願いばかりで恐縮ですが、最後に厚かましくも寄付のお願いをさせてください。臨床薬学科の学生は病院と薬局で実習を受けなければなりません。病院実習費+薬局研修費+CBT&OSCE経費で一人あたり90万円程度のお金が必要となります。およそ毎年35人の学生(定員30名+転学科2名ほど+入学時の増員2名+留年1名)として3150万円が必要となります。病院実習費につきましては、九大病院長と薬剤部長のご厚意で、徴収しないことをお認めいただきました。また、大学本部からは「学外医療機関実習連携推進経費」として90万円が補助されていますので、差し引き1300万円ほどが毎年必要となります。一方、私たちが毎年研究等に使用できる分野配分額の薬学全体でわずか4500万円程度ですので、そこから1300万円を減額することは困難です。他大学と相談しつつ、それに充当できる研究費を得る努力も続けております。光熱水量費が年間4000万円程度かかっており、その節約にも努めております。電気代削減のためにグリーンビル化(省エネ+太陽光発電)を概算予算で本部にお願いしていますが、なかなか聞き入れていただけません。私たちは今後も節約できる部分については削減努力をします。経済事情はどこも大変かと存じますが、もしも皆様の中で高額所得のゆえに3月に確定申告をされている方がいらっしゃいましたら、薬学研究院への寄付をお願いできないかと考えております。すでに財務と相談して、そういう口座を設けることを決定しました。この口座への寄付は国税庁が認める控除対象ですので、ある程度の所得税還付も見込めます。ご検討のほど、よろしくお願いしたく思います。
 先輩たちが残してくださった本学の確固たる地位を守り、更に発展させるために、私たちは様々に工夫をし、努力を重ねる所存です。どうぞ、いつまでも温かいご支援をたまわりたく、重ねてお願い申し上げます。最後になりましたが、皆様のご健勝を切にお祈り申し上げます。


平成22年8月吉日
九州大学大学院薬学研究院 研究院長 井上 和秀